熊本地方裁判所 昭和39年(行ウ)5号 判決 1966年3月23日
原告 平井常喜
被告 熊本県知事
訴訟代理人 大道友彦 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
まず被告の本案前の申立につき判断する。被告は原告の本訴請求は訴の利益を欠くものであると主張するが、農地法は「……農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護し」もつて耕作者の地位の安定等を図ることを日的とする(同法第一条)もので同法第三条第二項第一号はこれをうけて「小作地……につきその小作農及びその世帯員以外の者が所有権を取得しようとする場合」には、都道府県知事は右所有権移転につき許可をすることはできないものと規定して小作人の地位の保護を図つている。しかして、若し知事が右法条に反して小作農以外の者に対する小作地の所有権の移転を許可するならば、小作人はその所有者如何によつては解約の正当性が異なるため、その小作農としての地位が不安定になるばかりでなく、唯一の譲受資格者として小作地の所有権を取得し、もつて自作農となり得べき自己の法益を侵害されることにもなるので、右違法処分の是正を求める必要があり、利益を有するものというべきである、被告のいう現所有者に対する小作権の確認の訴訟によつては、かかる目的を達することができない。してみると自己が本件農地の小作人であることを理由に被告県知事の農地法第三条第二項第一号違反の許可処分の無効確認を求める原告の本訴請求は行政事件訴訟法第三六条の要件を具備するものであつて、被告の本案前の申立はいずれも理由がないものといわねばならない。
そこで、進んで原告の請求の当否につき判断する。
本件農地がもと訴外平井該一郎の所有であつたこと、被告県知事が本件農地につき譲渡人平井該一郎、譲受人平井常雄間の所有権移転に対し農地法第三条の規定による所有権移転許可をなしたことは当事者間に争いがない。<証拠省略>
しかるところ、原告は本件農地は原告が昭和一〇年頃から平井該一郎より賃借乃至使用貸借して耕作を続けて来たもので、原告は賃借料乃至使用貸借に対する相当対価の贈与として同人に同農地の収穫の二分の一を支払つていた小作地であつて、被告県知事の許可処分は農地法第三条第二項第一号に違反するものであると主張し、証人早瀬幸雄、同池田喜三郎の各証言並に原告本人の供述には一部これに副う部分がないではない。
しかし<証拠省略>弁論の全趣旨を綜合すると、
本件農地を含む平井該一郎所有の農地は古くから該一郎夫婦が中心になつて耕作を続けていたものであること、
原告は平井該一郎の長男として若い頃は父の農耕の手助けをしていたが、昭和九年頃運搬用の機械船を造り昭和一七年頃まで船乗りをしていて、その間は原告の妻がときどき該一郎の農耕の手助けをするに過ぎなかつたこと、
昭和一七年頃原告は所有する船を売却し父該一郎と同居するようになつたが、その後も農耕の中心は該一郎夫婦であつて、原告はときどきその手助けをするに過ぎなかつたものであること、
終戦後間もなく、平井該一郎の家庭内に紛争が起り、該一郎夫婦はそれまで住んでいた家を原告に譲り別居することになつたがその際親族会議によつて、従前該一郎が耕作していた農地を二分し、本件農地は該一郎夫婦が耕作し、その余の農地は原告が耕作することに定まつたこと、
その後本件農地の耕作は引続き該一郎夫婦、その子供である藤本松子が耕作を続けていたもので、原告や原告の妻は該一郎の方で手助けを頼みに行つたときにときどき耕作の手助けをしたことがあるに過ぎないこと、
原告が該一郎に賃借料乃至使用貸借に対する相当対価としまたはその他の名目においても、本件農地の収穫の二分の一を支払つていた事実は全くなかつたこと、
を認めることができる。
以上のような事実関係に照らして、本件農地は原告において耕作していたかのようにいう前顕早瀬証人、池田証人の各証言ならびに原告本人の供述はたやすく措信し難く、他に右原告の主張事実を肯実するに足りる証拠はない。
それゆえ、被告県知事に対し本件許可処分の無効確認を求める原告の本訴請求はその余の事実につき判断する迄もなく理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 蓑田速夫 徳本サダ子 木下重康)
物件目録<省略>